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将棋の才能ゼロの人間が、なぜニュージーランドで将棋の先生になったのか

全国1億2000万人の将棋ファンの皆さんこんにちは。ニュージーランド在住のはっしー(@hassy_nz)と申します。

ニュージーランドでオンラインの将棋教室「Kiwi Stars 将棋クラブ」を運営し、講師を務めております。生徒数は現在10名ほど。現地在住の日本人のお子さんがメインです。

海外で将棋教室をやるくらいだから、それなりに将棋が強い……と言いたいところなのですが、残念ながら、正直腕前はさっぱりです。

「将棋ウォーズ」というスマホアプリを細々と7年ほどプレイしているものの、いまだに2級から上がれていません。

控えめに言ってもひどい実力

 

普通の人なら長くても3年、上達の早い人なら1ヶ月で初段になれることを考えると、万年級位者であるわたしの将棋の才能はゼロと言ってもいいでしょう。適性がなくて泣けてくるレベル。

そんな自分がなぜ、海外で将棋教室を開くことになったのか。少し長い話になりますが、最後までおつきあいいただければ幸いです。

将棋に興味を持ち始めてから、挫折するまで

そもそも、わたしがきちんと将棋を勉強しようと思い始めたのは30歳手前。ニュージーランドに来てからのことでした。ちょうど、プロ棋士とコンピュータソフトが戦う「電王戦」が盛り上がっていた頃です。

将棋は幼い頃にルールを覚えてそれっきりになっていたのですが、連日インターネットで中継される将棋対局を見るうちに興味を持ち、自分でも戦術を覚えて指せるようになりたいな〜と思いました。

自分で言うのもなんですが、頭を使うのは子供の頃から得意でした。学校の勉強は人並み以上にできたし、パズルを解くのも好き。何冊か本を覚えて勉強すれば、きっとすぐ初段になれるだろう、くらいに思っていたんです。

さっそく入門書を購入して、序盤の指し方を勉強。「詰将棋」というパズルを毎日解いて、相手の王将をつかまえるテクニックを学びました。このあたりの勉強はとても楽しくできてましたね。

ところが実戦をやってみると、さっぱり勝てない。30級から2級まではすんなりと上がれたのですが、1級や初段の人と当たるともうちっとも歯が立ちません。

苦手な戦法にぶち当たったら日本から参考書を取り寄せ、読んでは駒を並べ、新しい作戦を試す日々。しかし、いくらやってもさっぱり結果が出ない。

負けに負けを重ねるうち、自分の全知性が否定されているような情けない気持ちになり、将棋の駒に触れる時間がだんだんと減っていきました。

買いためた棋書は、ダンボールに詰め込まれてクローゼットの奥へ。プロの将棋を観るくらいはするものの、自分で指すことは次第になくなっていったのです。

将棋を指すのはもうやめた

ときは流れて、2019年の10月。当時の自分はこれからのキャリアに思い悩んでいました。

ニュージーランドのIT企業で働きだして3年が経過したものの、新しいスキルを身につけることにも英語の学習にもさっぱり身が入らなくなってしまったのです。仕事自体は楽しいのですが、出世したり転職したりすることに興味が持てない。

思いつめたわたしは、持ちすぎた趣味の品を処分することにしました。本業にしっかり腰を入れなければ将来がない。プライベートの時間を整理して、限りある労力を仕事の勉強に割こうと決めたのです。

(いま思うとあまりに悲壮すぎる考えですが、当時はそれくらい必死でした)

将棋もそのとき整理しようと決めた趣味のひとつ。才能がないことをいくらやっても時間の無駄。将棋を指すのはきっぱりと終わりにして、観戦を楽しむファン「観る将」として生きていこう。

そこで、当時持っていた棋書のすべてを、おとなりオーストラリアで活動する「シドニー将棋クラブ」さん(現・日本将棋連盟オーストラリア支部)にお譲りしました。

当時所有していた棋書。すべて日本から取り寄せました

 

シドニー将棋クラブさんはわたしのツイッターをフォローしてくださっていたので、やり取りは滞りなく進みました。

無事に書籍の受け渡しも済んで、指す側として将棋を楽しむ人生はこれで終わりになった……はずだったのですが。

現地日本人会の将棋教室をお手伝いに

2週間ほど経ったころ。シドニー将棋クラブさんからこんな連絡が届きました。

はっしーさん、クライストチャーチで将棋教室をやってるお母さんがいらっしゃいますよ! 連絡を取ってみたらいかがですか?

なんでも、夏休みや冬休みのタイミングで、子どもたちを集めて将棋を教えているのだそう。

万年級位者の自分に手伝えることなんてあるのだろうかと思いましたが、話を聞いてみるとそのお母さんは将棋のルールを知っている程度で、戦法などの知識はほとんどないので困っているとのことでした。

なるほど、それならお役に立てるかもしれない。さっそく連絡を取り、年末に開催された将棋教室をお手伝いに行ってきました。その様子が↓こちら↓。写真3枚目に写っているのがわたしです。

教えたことといえば「駒の価値」「攻めは飛車角銀桂」「玉の守りは金銀3枚」くらいのものです。

それでも、子どもたちは「楽しかった!」と大変喜んでくれました。主催の方からも「とても助かったので、ぜひ次回も来てほしい」と言っていただけたんです。

下手くそなりにでも何か趣味をやっておくと、どこかで役に立つタイミングが来るもんだな〜と感慨に浸りつつ、その後も学校の長期休みが訪れるたびに手伝いに伺う生活が1年ほど続きました。

そして、いよいよ「将棋の才能ゼロの人間が将棋教室を開く」ときがやってきます(「その時歴史が動いた」の口調で)。

仕事にも挫折して無職に。そして将棋の先生へ

2021年8月。

わたしは4年半勤めた会社を退職し、異国の地で無職となりました。

将棋を指すのを辞めて以来、英語や技術の勉強を続けてきたものの、ついに心が折れました。努力を続ける気力も体力もすっかり尽きてしまったのです。

変化の激しいITの世界では、自己研鑽のできない人間に居場所などありません。

衰え。限界。挫折。年単位の時間と百万円単位の金を費やし、海外移住した結果がこのありさま。あらゆる負の感情が頭を埋め尽くし、人生でいちばん惨めなときを過ごしていました。

それでも、人間そう簡単に野垂れ死ぬことはできません。とき折しも、ニュージーランドが新型コロナウィルスで完全国境閉鎖中という状態。仕事もなくなったこの機会に、ニュージーランド中を車で旅してやろうと決めたのでした。

旅をしながら書いた記事の一覧はこちらから読めます。

出発の直前、南半球の桜が散って夏になろうという10月、また将棋教室の季節がやってきました。

保護者の皆さんと対面して、仕事をやめたこと、これから旅に出ること、しばらく将棋教室のお手伝いができないこと、などをすべてお伝えしました。正直、旅が終わってからクライストチャーチの街に戻ってくるのかどうかすら、当時はわかっていなかったのです。

保護者の方
保護者の方
はっしーさんが来てくれるようになって将棋教室も盛り上がってきたのですが……仕方ないですね……

せっかくありがたい役目をいただいたにもかかわらず、自分の勝手な都合でお休みすることになってしまい、なんとも申し訳ない気持ちになりました。

しかしここで、ひとつの考えが頭をよぎります。

どうせ旅に出てしまうなら、オンラインで将棋を教えたらいいんじゃないのか?

アプリを使えばパソコンやスマホから将棋は指せるし、zoomを使えばスライドで授業もできる。住んでいる場所に関係なく参加してもらえるのも強みですし、いいことだらけ。

ここからはあっという間でした。

保護者の皆さんを集めて、ノートパソコンやタブレットにzoomをセットアップ。ITに不慣れな方のために手順書をいちから作って、将棋アプリのアカウントを作って配布して……

旅に出て一週間後には、宿のWiFiからオンラインで将棋を教える生活が始まっていたのです。

週1回〜2回だったセッションも次第に増えて週5回に。生徒もクライストチャーチだけでなくオークランドからも集まり、10名を超えました。

さらにはオーストラリアやアメリカ、日本に住む子どもたちとの定期的な交流戦も始まりました。

一度は辞めたはずの将棋が、いつの間にか生活の一部になったのです。

楽しむのに才能は関係ないことを伝えたい

そんなわけで、現在はニュージーランドのクライストチャーチという街に居を構えながら、子どもたちに将棋を教える生活をしています。

こんな街に住んでいます

 

この間まで駒の動かし方も知らなかった子どもたちがめきめきと上達していくのを見るのはとても楽しい。

早いところ自分をコロッと負かすくらいまで上手くなってほしいと願いながら、指導内容を考えるのに頭を悩ませる日々です。

繰り返しになりますが、自分には本当に将棋の才能がありません。しかし才能がないからこそ、将棋を楽しむのに才能は関係ないことが伝えられると思っています。

勝負に勝つだけが将棋の楽しさではない。

対局に現れる芸術的な一手に感動したり、詰将棋や「次の一手」の問題をひたすら解いたり。

他人ほど上達は早くなくとも、昨日よりひとつ手筋を覚えられたことに自分を褒めてやるのだって、楽しさのひとつではないでしょうか。

実力に関係なく、誰にとっても将棋を楽しめる場を作っていくのが、いまのわたしの目標です。

……そして最後に。

どれだけ頑張っても初段に上がれない万年級位者、才能ゼロと自分のことを紹介してきましたが、実は2021年のお正月に日本将棋連盟が開催していた「お年玉棋力認定試験」を受けたところ、二段の認定を取ることができました。

将棋ウォーズというひとつの尺度で見ていたからわからなかっただけで、実はちゃんと有段者の実力があったようです。

毎日子どもたちの将棋を大量に見ているおかげか、自分の棋力も上がっているのかもしれません。これからもイチ将棋ファンとして、指すのも見るのも教えるのも楽しんでいきたいと思います。

……そして、本当に最後に。宣伝です。

「Kiwi Stars 将棋クラブ」では、常時新規会員を募集しています。

現在は8歳〜13歳の子どもさんが多いですが、大人の方も歓迎です。オンライン教室ですので、どこからでもご参加いただけます。

セッションは日・月・火・木曜の19時〜20時、金曜の19時〜21時(いずれもニュージーランド時間)。ご希望の方にはマンツーマンの授業も承っております。

無料体験もございます。ご興味のある方は以下のボタンからお申し込みくださいませ。一緒に将棋を楽しみましょう!

ABOUT ME
はっしー
日本のIT企業で月100時間超えの残業を経験、過労死しかけた元社畜の34歳。理想のワークライフバランスを求めてニュージーランドの大学へ留学、プログラマとして現地就職。毎日定時帰宅の生活をエンジョイした後、永住権を取得。現在は無職です。